2015年8月31日月曜日

20150831 体質が変わったので

以前は、炭水化物を少しだけ食べていたのですが、最近は、炭水化物の比率がゼロになりました。糖質を消費する体質から、こんどは体脂肪を消費する体質に切り替わったと思います。つまりミトコンドリア・エンジンの、ケトン体質になったと思うのですが、これはクマとか動物の体臭になると言われています。
で、考えてみたけど、そもそも動物は炭水化物はあまり食べない。炭水化物としての米とか小麦は人間が人工的に増やしたもので、自然界ではそんなに比率は多くない。なので、動物はそもそも炭水化物を食べるチャンスが少ないので、結局動物の体臭はケトン体質ということですかね。炭水化物の比率が多い食事は、自然に反したものということですね。
アマテラスの畑をスサノオが荒らしたのは、農耕生活の方針に狩猟民族型のスサノオが反対したことから来ているという説がありますが、畑で作られた炭水化物を食べるな、食べたいなら栗とかどんぐりで食べろということでしょうか。
スサノオとアマテラス、つまりオリオンとプレアデスという対比で考えると、たとえば、月見の時に用意する笹はスサノオ=オリオンを象徴し、団子はアマテラス=プレアデスということになるのだけど、そもそもプレアデスは物欲の象徴でもあるので、備蓄の文化になりやすく、同時に腹回りも備蓄される。そこからすると、オリオン型は、備蓄をしないので、体脂肪が少なくなるほどオリオン型になるというイメージもあります。

で、ケトン体質になると、体調が安定する気がします。炭水化物が入った食事をしていると、三度食べないと、貧血になったりする場合もある。ところが、体脂肪消費型になると、食べないと貧血になるというようなことが減って、そもそも「おなかすいた」というふうに感じにくくなる。以前は走る前にパンとかおにぎりとか食べないと、走っている最中に貧血になりやすいと感じていたのだが、これは勘違いで、水を飲むようになってからは安定してきた。
糖質消費による運動は、エネルギィが頭うちになりやすいので、たとえば100キロマラソンとかだと、 無理になると言われています。100マイルとか長距離マラソンをする場合には、糖質消費型の体質をやめなくてはならないという条件があるようです。糖質備蓄は2500キロカロリー程度が限界ということになると、フルマラソンが限界ということですかね。体脂肪消費型だと、まる1日走ってもオーケーという体質になるみたいです。で、炭水化物を食べないと、頭もすっきりするのは実感しています。アルツハイマーにならないようにするには、炭水化物をやめることと、油はオメガ3にすると良いという話になるのだけど、いまでは魚は肉よりも高級品ですよね。

最近は講座は3時までしかしないので、10時からスタートすると、トータル4時間です。で、昨日は九州に飛行機で行き、講座しました。地球と日本の鋳型共鳴という意味で言えば、博多あたりは、エジプトで、そもそもアフリカはドゴン族から始まるシリウスの場所で、なので、九州もシリウス帝国だよという話をしました。いろとりどりの動物はシリウス。参加者は昨日は13人とかくらいだったかな。ここにいる人は、シリウス的な人々ばかりと言いました。
古代のエジプトでは、シリウスのヘリアカルライジングの時が新年だった。日本に原爆が落ちたのは、シリウスがヘリアカルライジングの時で、広島と長崎という地域で、これもシリウスに関係した事件。
で、昨日はシリウスに行く前の試金石というか、二極化世界を作り出す場であるケンタウルスを重視して、ケンタウルスに行くというのをしていたのですが、水蛇(スワジスタナ)の毒で死ぬケンタウルスは、スワジスタナに落ちるマニプラの象徴です。人間世界で体験するさまざまな不幸なもの、これらは基本的にケンタウルスが作り出す。そして一方的な時間の流れでなく、双方向の時間ということに向かうと、傷を作る、傷を治す、というのは裏表一体のもので、同義語になります。ケンタウルス、シリウス。この行き来だけでも一年くらいはもつでしょう。
オリオン、プレアデスに行くには、まだまだ遠い。というより、ケンタウルスにひっかかって、その先にいくには、ほんとに時間かかるでしょうね。

ハトホルは、シリウスから金星をバイパスしてエジプトに来たということだけど、シリウスから火星をバイパスしてきた例は、そのまんま、日本の山岳宗教みたいな流派になる。オオカミ様は、シリウスだし。で、フランス人はほんとにトレイルランが好きらしいけど、やはりトレイルランの一番伝統的で、ハードなものと言えば、日本の修験道ですね。スコット・ジュレクも、修験道をしたいということを言ってたらしいことを、鏑木毅の本で知りました。トレイルラン、修験道。これは火星をバイパスしたシリウスと考えてもいいです。
わたしの場合、ジオセントリックのパランでは、火星・海王星の180度にそのままシリウスが重なっているので、ほんとは平地ランニング、皇居ラン、青山通りランよりは、トレイルランのほうが適しているという話になりますが、そもそもシリウスは死の際を行ったりきたりする癖を持っているので、崖の脇のトレイルランは嫌だなーと思って、近づかないだけです。

この恒星、コンステレーションなどを扱う方向性は、最近のわたしの強い方針ですが、地球から惑星へ、惑星から恒星へという流れは、全惑星意識を獲得していない、すなわち惑星体験を統合化していない人からすると、かなり無理な課題で、ほとんどの人は下世話な世界に縛り付けられて、地を這う暮らしをしているわけですから、そうなれば、恒星から惑星へ、すなわち永遠性を、はかない、一瞬で死んでしまう世界に持ち込むということを、あらためてテーマとして考えたほうがいいかもしれません。もちろんETを地球に誘致するというのは、そういうことでもあるけど。降りてこないと、地を這うものは上がれないという法則があるので。
ブルース・モーエンが、京都に行きたかった理由は、東寺の仏像で、背後の光臨の中にたくさんの仏がいるのを見たかったらしい。それはクラスターなのだから、と。で、ブルースの、自分の別の側面をリトリーバルするという話は、占星術としては、地球以外の惑星の部分を環境投影とか他者投影することから、自分に取り戻すという話になってくるので、このテーマは、占星術を併用したほうが、はるかにしやすくなります。

地球の公転周期のビッグクロックに同期していると、地球上に住んでいる人が共有する知覚世界が展開されていきますが、かつて、金星は地球の内側になくて、太陽系のかなり外にあったという話しがある。地球よりも内側の軌道の金星は、地球からは入りやすい。つまりシフトはそんなに困難ではないということになるけど、いまはわたしたちはいわば、地球の周波数のクロックに同期しているので、金星は肉体というよりは、感性の部分のクロックになっている。でも、中層重心を、金星に同期させれば、金星は感性というよりは、肉体の重心に変わる。このシフトをしないかぎりは、金星の生物は発見できない。地球に同期したまま、金星を追跡すると、それはおぼろげなイメージでのみ追跡することが可能になる。







2015年8月27日木曜日

20150827 ウルトラブック

などのパソコンは、小さく軽く、バッテリーが持つようにするために、パソコンとしていろんな要素を犠牲にしています。
こういう状況の中で、新しいマックブックは、少し画期的な面があります。パソコンではキーボードがとても重要だと思うのですが、マックブックでは、パソコン自体は12インチで小さいものなのに、キーボードのピッチサイズは、まったくフルサイズのままです。ただしストロークは異常に浅く、こんなもの使えるわけないと多くの人は思うのですが、しかし実際に慣れてみると、これがちゃんと使えるものなんですね。
それよりも、この軽さで、画面がRetinaというのが、最大の特徴で、時々細かい作業をする時には、これは重宝します。Macbook Airは画面解像度が旧式で、汚なかったからね。

今日は、ここ数日続けた、ある本の校正を完了しましたが、内容を読んでいて、自分が書いた内容のかなりの部分を忘れていました。たいして書かなかったので、もう使えないのではないかと思っていたのですが、読んでみると、けっこう盛り沢山に書いている。音声入力で、各部分ごとにばらばらに入れていたので、全体として、それが400ページになるものだとはとうてい思えなかった。なんだかんだと言いつつ、書いてしまうんですね
で、この校正が終わったので、続けていたもうひとつの長い長い本の校正に戻ります。これは、今月の末が締め切りです。

iTunesで、アップルの月額定額の音楽サービスを聴いていると、古いロックがたくさんあって、自然に、古いロックばかり聴いています。しかもこれはパソコンで何か原稿書いている時に、パソコンにイヤホンつけて聴くというスタイルで、つまり配信される音楽そのものがあまり品質がよくないので、イヤホンで聴いた方がいいということなのですが、とても気軽です。つまりパソコンとイヤホンがあれば、これで事足りるということです。いま、フリートウッドマック聴いているけど、これは30年ぶりくらいの音楽ですよ。で、映画とかテレビ番組はHULUで見れば、ますます、このパソコンとイヤホンだけ、というスタイルが慣れてくるわけですね。本はPDF化して、Dropboxに入れているので、iphoneからでもipodからでも、パソコンからでも、そのまま読めるし。



2015年8月25日火曜日

20150825 世界情勢

総理の安保法案に関して、野党が反対している時の内容が、実はわたしにはよく理解できない面があります。どういう考えで反対するのか。あれは総理が自分ひとりで主張している考えではなく、総理は、言われて従っているだけです。

中国は南沙諸島をどんどん自分の領土にしようとしていますが、いずれは、台湾を自分の国にしようとします。そして沖縄、日本も、最終的に、自分の国のものであると主張すると思います。これは大化の改新の時代に、日本を占領して、日本語を使うことを禁止して、それ以後、日本には日本の言葉がなくなった時の再現です。今のわたしたちは漢字を使っており、日本語を使っていないので、魂の部分では日本は存在していません。言葉は大天使であり、民族霊であるということでは、日本には民族霊はいないです。スイスに民族霊が存在しないのと同じです。
アメリカは今の中国の動きを軍事的に抑止するような干渉がもうできない時期に来ています。で、中国はアジアを占領したら、その後、念願の西欧植民地化に進みます。一番したいのは、イギリスを滅ぼすことです。こういう動きの中では、日本独自の防衛力を持つしかない。誰も肩代わりしてくれないから。対話で解決できるレベルではない。相手が話を聞く姿勢はないので。

でも、世界統一政府ということを目標にした時、ひとつのアイデアとしては、中国が世界を支配して、地球はすべて中国であるというようにしていくのも、アリかもしれないですね。それで世界中が、中華料理を食べるんですよ。みんなショーロンポウで舌をやけどする。

でも、世界統一が行われると、地球レベルの問題が解決してしまい、そうなると、もうひとつ上の次元の対立、陰陽の二極化が意識にあがってきます。ひとつが上がりになると、次のより高度なステージが始まります。つまり地球上で敵がいなくなると、こんどは、宇宙的な対立、脅威の接近が始まります。地球上でもめている間は、このより恐ろしい事態に気がつかない状態なので、まだ平和ボケ的とも言える。今はまだ、目前のことしかわからない蟻のような生き方をわたしたちはしている。
ひとつのものは、7つにわかれる。ひとつのものからすると、7つはみな仲間だが、7つのレベルでは、互いに敵対するものです。それぞれのアイデンティティにこだわるからです。
なので、地球レベルで、敵対する7つは、統合化されると、次のステップでは、この統合化されたものは、より上位の7つのうちのひとつに過ぎないことが判明し、このレベルで、隣のものと敵対関係が始まるというわけ。
ますます振動密度が高くなり、この対立関係は、ますます鋭いものになります。心底、それは脅威です。

日本の将来のありかたを考えたときに、世界地図をそのまま日本という中に縮小、圧縮したようなものがいいと思うので、世界中の人が日本に住むといい。そして純日本人の比率が薄まっていくのがいいんでしょう。江戸時代の前みたいに、世界の縮図です。コンパクトなモデル地区。もちろん世界の国の人が住むだけでなく、ETも住む。代表的な宇宙種族はみないる、というような。もともと日本は実験モデル地区になるのが一番いいんですよね。フォーカス35地域です。愛国心は、癌のようなものなので、ないほうがいい。ただ、癌って悪者に見えるけど、血液の中の有害物質を、海綿みたいに吸い込んでいるわけで、癌組織がそれをしてくれないと、有害物質を溜め込んだ人は、あっという間に死んでしまう。癌は、ある程度、ごみを集積してくれ、人を延命させてくれている。という意味では、愛国心がないと、たくさんの個人が死んでしまう可能性はあります。
でも、中国が侵略する前に、ロシアとインドがそれを潰してしまう可能性もありますね。巨獣たちの戦いは、ウルトラQみたいでもある。
個人はそれに振り回され、右往左往する。国はあるレベルにおいての集団意識であり、それに対して、個人は抵抗できないことは多い。つまり個人の意志は国には届かない。人間の体がどこかに行こうとしている時に、細胞のひとつがそれに反対しても、それで立ち止まることはないでしょう。そして個人がどんなに平和を望んでも、戦争は起こすのでなく起きてしまう。それは集団意識の共存する世界においての、調整機能の一つだからです。

持ち物を減らす、そしてサンカみたいな暮らしをしたいと思ったりもします。現代のハイテクのガジェットなんかは、それをしやすくしていますね。定住する習慣というのは、織豊時代に築かれてきたけど、その前の日本人の職人は、天皇に保護されて、自由に行き来していた。つまり無縁の人々ですね。わたしがホロスコープのリロケーションで、ハウスを相対化させて、惑星は決まったハウスにあるわけでなく、場所を変えると、違うハウスで働くなどと言ってるのは、どこかの特定の土地で生まれた植物としての人間でなく、地球範囲において地球の皮膜を塗りつぶす、つまり惑星グリッドに広域に浸透する人間という、もうひとつ進化した人間像を基準にしたいからです。水素でいえば、192、48、12という三層の生き物でなく、96.、24、6という、そもそもあらかじめ想定されていた人間の基準に戻したいからです。動植物的な存在でなく、人に戻そうという意味です。
日本を地球のコンパクトモデル地区にした時には、世界中が日本を分割して統治するということになると想像すると、たとえばアメリカは北海道地域を、本州は、ユーラシア地域に該当し、九州はアフリカだ。博多あたりはエジプトだよ。チベットは京都になるので、転生活仏は京都に住むのがいい。
転生活仏は、血筋の連続性の上に成り立たないけど、日本の天皇は、おなじ魂が、自分の型にあった適切な器を探して、そこに乗り込むのと、もうひとつは血筋的な連続性のハイブリッドのシステムとして考案されていた。けど、いまは天皇家に血筋の連続性はほぼないので、その意味では、転生活仏的ですね。儀式で入魂する。








2015年8月24日月曜日

20150824 ブルース・モーエンに会いました

今、ブルース・モーエンは日本に来ている時期で、今日、品川で会ってきました。
これから京都に行くそうで、品川から新幹線に乗るそうです。
それにしても、驚いたのは、糖尿病なので、休みなく、ステビアを摂取していることです。
ステビアの粉末を、直接採っている。

しかも、9時45分に、待ち合わせ場所に来たとき、グランドプリンスホテルのカフェは10時オープンで、ロビーで15分待たなくてはならず、15分もコーヒーが飲めないのは忍耐の限界を越えているという。案内の雪乃さんが、ネットで調べただけだったので、10時オープンを知らなかった。でも後でカフェでコーヒーを飲んでいる時にはカップが空になるたびに、お店の人が、おかわりを注いでいました。コーヒーを頼むときに、大きなカップはないのかという質問をしていたので、お店の人が気を使って、空になるたびに、補充したみたいです。
それでも去年よりは、健康そうに見えました。去年はもっとひどかった感じがした。
ブルースは前世のある時期に捕まって身動きとれない人生を体験したらしい。
しかしそれは前世でなく、今だよ。太陽は牡羊座の14度で、とぐろを巻く蛇に捕まっている状態です。

甘いものが大好きで、それでよく食べるのに、重度の糖尿病というのが、ちょっとヘビーだな。
日本もアメリカも、糖尿病の人にインシュリンを投与するけど、インシュリンを投与されると、糖尿病は永遠に治りません。それで、医者は収入を確保するというシステムができあがっており、医者の言うことには、糖尿病は一生治りません、という話ですが、それは一生治さないよ、と宣言しているわけですね。実際には治っている人がたくさんいる。
で、アメリカも日本も、国が提唱する糖尿病治療の食事のガイドラインに従った食事をすると、糖尿病の人口が二倍くらいに増加します。で、もし、ブルースがわたしの近くにいたら、わたしは、徹底した食事療法とか、何か簡単な運動とかを薦めるだろうね。そして、炭水化物を全廃すると思う。菊芋を食べさせる。
雪乃さんも、時間に関してはかなりアバウトなので、グランドプリンスホテルから品川駅までは歩いて五分だから大丈夫なんて言ってたけど、それは違うでしょ。幼児のようにのたのた歩くブルースの速度と、さらに、駅に着いても、そこから新幹線乗り場まではかなりあることを考えていないという認識だったので、急げ急げほら、と尻を叩きました。
前から見てると、雪乃さんがいると、かならず事態がお笑い的になるんですよ。早くタクシーに乗れと言ってる矢先に、じゃあ、みんなで記念写真撮りたいとか言い始めるわけです。
新幹線のチケットは、ちゃんとグリーンにしてんのかなー、でかい外人はグリーン座席でないとキツいよ、とか、気になります。

それで、去年、ブルースとファロンに会った時、ファロンが古いコダックのデジタルカメラを持って写真を撮影していた。それはないんじゃないの?と思って、今日は、ニコンの今年出たばかりのコンデジをプレゼントしました。ブルースの話だと、今月はファロンの誕生日なんだよ、と。つまりたまたま、これがファロンの誕生日プレゼントになったんです。
で、わたしの予想から大幅にはずれたような喜びようで、そもそも写真撮影が好きなんだそうです。新幹線の窓から外を撮影したいと思ったけど、古いカメラを荷物の奥に入れてしまって、新幹線で写真撮れないと後悔していたらしいです。「これ使って、京都撮影してください」と言ったのだけど、すでにグランドプリンスホテルの庭園を撮影していたり、何かここに興味が集中した感じでした。
しろうとなので、1/2.3サイズのCMOS受光素子でも文句は言わないよな、と思って、安いコンデジなんですが、それでも、ズーム幅がすごいテレ側最大500ミリのもので、しかも最新の手振れ防止つきで、大容量SDカードつけたのでよかったです。そうか、こんなんで満足してくれるのね、それは良かった。

このファロンの興奮状態にひきずられてしまい、ブルースに言いたかった話題を話す時間が減ってしまいました。ET接触地点を、これから世界中で点々と旅したいね、そしてその写真集作るかなーという話をしたかったんです。
最近、ブルースはキルリアン写真に凝っているらしく、植物の葉を取り除いても、そこにファントムの葉の形が出るとか言ってましたが、鉱物は物質、植物はエーテル体に対応しており、岩を突き破って植物が伸びる姿は、その土地のエーテル体を見るのに参考になる。プラトンのグリッドのライン上は、植物の様相が違っているんだよね、と話しました。
最近はデジタルカメラの写真でも、この磁気の放射を観測できると思うので、面白い写真在ったら送ってほしい、と言われた。古代の地球磁場と、現代のは違うと言ってたけど、それについては、中心点は、歳差活動で移動する話もしたよ。
で、一緒に本を作るという計画は、ブルースの対応があまりにも遅すぎるので、わたしが待てず、もうひとりで全部書いちゃったよー、それどころか、その間に、他に二冊も本を書いたで、という肝心の話は言いませんでした。雪乃さんには言ったので、新幹線の中で、それとなく伝えてくれるでしょ。たぶんタンパに住んでいる限りは、時間はスローにしか流れない。わたしが最初に書いたイントロを、読んだよーと連絡きたのが半年後なんです。これがタンパ時間。

それはともかく、わたしの言ったとおりにしてくれたら、ブルースはもっと長生きすると思うんだけど。わたしの趣味として、以前は、血糖値の計測器買って、毎日何回も血糖値測定したりしてノートにグラフ描いていたし、何を食べたらどう変化するかとか詳しいし、実は、顕微鏡で、毎日血液成分見てみたいとか思っていたんですけど、こういうチェックは楽しいんですよね。心拍数メーターも持っているし。肉を食べると、血中のバクテリアが急激に増加するそうです。そうすると、土葬の時に、肉体が分解するのはとても早いので便利だと聞いています。













2015年8月18日火曜日

20150818 iTunesが正常に

8月にアップされたバージョンのiTUnesだと、前みたいに、自分のHDDに入った音楽データをアクセスできないという問題が解決されていました。もしかして、これはバグで、それに気がついて、急いで、改良版をアップしたんですかね。
おかげで、最新版のiTunesが手に入り、そこで、例の自由に際限なく音楽を聴くことができるというサービスを体験することができるようになりました。これは、とても良いです。いま、ボブ・ディラン聴いているけど、CDを買ってきてリッピングするという手間がないし、楽しいです。

マンハッタンのホテルの価格は異常に高く、だいたいいつもは日本の二倍くらいが相場らしいけど、平均的なホテル代金は、3万5千円だそうです。
さらに、9月はコンベンションシーズンなので、安いところはどんどん埋まっていき、残っているのは、一日五万円くらいのものばっかりだったりします。
安くしようとすると、ドミトリーしかない。共同トイレとか、共同バスは、わたしはちょっと適応できない。距離がほしいから。6日程度の滞在でも25万円くらい取られるというのは、驚きです。
わたしがハドソン川に近いところと、こだわるのも、お金かかる原因ですね。クランチで、毎日35ドル払うくらいなら、ハドソン川沿いを走りたいのだから。なかなか矛盾しているのは、クランチの35ドルは高いからハドソン川に近いところにしようとして、高いホテルを選んでしまうことです。なにか本末転倒でしょ。
クイーンズとか、ブルックリンとか、あるいはシコーカスになると、うんと安いのです。
いつかセントラルパークをぐるぐると回りたい。こないだ、この公園の中では、ジャッキー・チェンみたいな小柄な日本人のおじさんが、歩く観光客たちに、にがお絵の勧誘をしていました。油ぶんとか、贅肉が抜けて、柴犬みたいにさわやかなおじさんでした。でも、こういうふうに抜けきってしまうと、アメリカでは貧相に見えてしまうんですね。でもファットにはなりたくない。一瞬目があってしまい、お互いに、すぐに目を逸らしました。似ているものは近づかないほうがいいと、互いに思った。
先週の大阪で、夕方に、ペットショップに入りました。そこで、それぞれ箱に入った子犬たちをひとりずつ見て、目が合うかどうか、というより、目を合わせる犬か、そうしない犬かを見ていました。だいたい三割はそれを避けようとしている。でも、中には静止して、じっと目をあわせる子犬がいて、こういう場合、互いに食い込んでしまい、相手の意志を聞き取ることができます。で、全員が、わたしに飼ってほしくないということでした。わたしが冷たいから。道端で、排泄物の掃除したくないからです。水もやりたくない。犬とか人間以外の動物のすべては、動作と呼吸が一体化していて、しかも重い頭を横で支えなくてはならず、走る距離の限界があるんですね。人間だけが、動作と呼吸が分離して、果てしなく、いつまでも走ることができる。だから、動物が死ぬまで追いかけ続けるという狩ができる。たぶんわたしが犬を飼うと、休みたいと思っても、休ませないと思う。「走れ、走りつづけよ」ということです。だからたぶん、その犬は死にます。それがわかっているので、全員から拒否されたんだと思う。

若い頃は、わたしはボブ・ディランを理解できなかった。でも、今なら理解できるし、楽しめる。

渋谷のユーロスペースで、大岡昌平原作の「野火」みました。
ここでは、極限状況で、人の肉を食ったということに関しての拒絶感とか、複雑な屈折が描かれていますが、そもそも8世紀以前の日本人は、村落の指導者が死んだら、彼と一体化するために、 
指導者の人肉を食べました。等々力遺跡には、そういう、こそいで傷だらけになった骨が残っていたのです。仏教が伝来してから、そこに禁忌が働くようになったのです。
だから、縄文日本ということを考えたら、別に、人肉食ってもオーケーなんです。そもそも刺身とか、活き作りとか、一体化ではないか。
西欧社会は、個人として自閉するので、肉にしても、カニバリズムというか、死んだ後で食べます。それは肉の提供者を受け入れず、抜け殻の肉だけを受け付けます。魂を一体化させることを拒絶します。そんなの牛に失礼ではないか。おまえは受け入れないが、お前の肉だけは食べるという意味です。どれだけ傲慢なんだ。
仲間を食えばいいじゃんか、とわたしは思います。そして一体化し、一緒に生きればいい。なので、大岡昌平は、悩むことも、また反省する必要もありません。仲間は死んだから、それを食って、一緒に日本に帰ろうと意志すればいいんです。さあ、自転車に乗って一緒におうちに帰ろう。






2015年8月17日月曜日

20150817 また大阪だよ

昨日、大阪から戻りました。
ところが、今週、あさってに、また大阪に行きます。

わたしがその音楽を愛しすぎている武満徹の著作を読んで、
武満徹が、ネクロノミコンの文章を引用しているのを見て、思わずズッコケました。(古い言い方)
でも、武満徹の狂死した叔母が、小さな武満徹に、実は人間の肉体は、骨の中にあるのよ。骨の外のぶよぶよした肉体は、みせかけにすぎない、と語っていたらしいことを読んで、喜びました。
骨はやがて、透明になって、人の目には見えなくなる。

武満徹の文章は、武満徹の音楽に比較すると、はるかに平凡で、低レベルです。
それは、ただの耄碌爺のように、世の中に対して批判を繰り返しているからです。
つまり彼は、世の中に、自己同一化している。自分の仲間だと考えていた。そして愛国心さえ持っている。だから、西洋と東洋という落差に、活力のエネルギィを得ることもできた。
でも、西洋と東洋の落差なんて、ないよ。それは僅差でしかない。
こういうところよりも、武満徹の音楽ははるかに優れています。
落差、電位差によるエネルギィという点では、谷川俊太郎が、はじめは20億光年の落差を持って、詩作していたのに、やがては家族を持ち、落差が、人と人の間くらいに微弱になってきた後、こんどは、遠くのもの、近くのものを行き来するように巧妙さを発揮するようになったことが、書かれていた。
武満徹も、文章を書いている時に地に墜ち、音楽を作っているときに、飛翔し、遠ざかる。いったりきたりしている。
わたしも、恒星のエネルギィと、こんどは惑星間の、時間の中にある、僅差のエネルギィによる活動との間を行き来したほうがいいのだろうか。果たしてそれはできるのか、考えています。

昨日の大阪の講座の話ですが、ある参加者が、講座に参加していない、しかし時々いままで講座に参加しているTさんが見た夢を聞いたらしく、わたしに報告しました。
わたしが8月に、あまりにもマイナーな内容の著作をして、それを読んだ読者が全員引いてしまい、それからわたしの講座の参加者が減少した。
それをわたしが喜んでいる、という内容です。

8月というのは、今なので、いま書いているものはなく、校正しているだけですが、
このあまりにもマイナーな、というのは、わたしが書いた、ETに関係した本だと思います。占星術関係の人たちは、総じて知性が低く、というか、低いというよりは、広がりがない。それは、しがみついている生きかたをしているからです。
で、随分と保守的なので、わたしがいきなりETの話に飛ぶと、たぶん、拒絶反応が起こると思う、というのは、わたしも想定しています。
それで、わたしはもともと精神世界の分野に住んでいて、占星術は需要の問題で、数は増えたが、結局は、もとに戻ります。そうすると、宇宙人話が増えてきます。
そのことで、占星術に凝り固まった人が離れていくというのは、実は、わたしにとっては露払いみたいな感じもある。恋愛問題とか就職などを占星術で相談する人たちというのは、実はわたしは、人生を勘違いしてないか?というふうに思っているので、そういう人たちがわたしの講座に来なくなるのは、わたしにはリラックス効果がもたらされるのですね。
で、こういうふうに、地を這い凝り固まり他の教養を受けつけず占星術に依存する人たちの輪から離れる機会は、今年にやってくることは、たとえばわたしのソーラーリターン図にあらわれています。なので、わたしは今年がそういう節目だと思っていました。



5ハウスの獅子座、木星のノリに加速されて、迎合しない独自見解としての火星・天王星を押し出します。それによって、社会的な立場が、冥王星によって変化します。それをわたしは楽しんでいます。1ハウス金星、5ハウス木星。
それでいったんET関係に走ってしまうと、それは止まらないだろうね。

こういうふうに思うきっかけはたくさんありますが、かなり大きな影響を与えたのは、わたしの両親の行動です。
今年のはじめに、わたしの父親が死去しました。でもいつ死んだのか、実は正確な日時がわからないのです。なぜならば、母親は、ひそかに火葬に処し、墓も作らず、そして数日してから、わたしに電話で、「父親のことは、もう処置したので、後は何も考えなくていい」と言ったのです。
で、数日後に、金庫を整理していたら、この中に、遺言書のようなものがあり、そこには、「自分が死んだ時には、子供たちにも、親族にも、知らせないでほしい」ということが書いてあったらしいのです。
母親の取った行動は、父親の意志に沿っているというわけです。
それは、わたしの好みというか、趣旨にかなり沿っている行動で、わたしがこの両親の息子だから、そう思ったのか、それとも、わたしが両親に影響を与えて、両親がそのように思ったのか、わからない。でも、おそらく、一方的な時系列を配慮しないのなら、わたしがこの両親にそういう思想を植えつけたのだと思います。
このことで、地上的な配慮、地球的な慣習に従う気はない、という意志が、わたしの中で、とても明確になってきました。
日本人は、つながりを重視して、互いに監視しあい、横の網目を作り出します。それが宇宙的な影響力を遮断する膜を作ります。わたしはそれを腐った慣習だと考えています。東日本震災のあとの態度はほんとにひどかった。

わたしの両親はあっさり、それを断ち切ってしまったんですね。最高に、わたしの好みです。
父親が死んだとき、父親の太陽に海王星が重なっていました。父親の自我は、海王星に乗って、地球から去りました。死んだ後に、父親がどうなっているのか、わたしはそれを追跡というか、共体験しています。だから、死んだ後から、急に、父親と親しくなりました。彼は、驚くことに、死んだ後のコースについては、お前に決めてほしいなどと言います。なんて甘えん坊なんだよ、と思いますが、しかしそのほうがより正しいと、わたしは思います。実際、父親の足りない部分は、わたしがサポートしようと思っています。死んだ後二か月くらしいしてから、がんがん明晰になってる。

わたしは高校生の頃から、父親をオールドワイズマンの地位から追い出し、つまり父親殺しをして、自分がその位置に納まろうとしました。母親はまるで江戸時代の人間みたいに、「お前の言うことに全部従う」というようなことを言ってました。つまりわたしが父親殺しをしたことに同意していたのです。で、父親殺しをした後、父親の表層自我に対しては仲良くなかったのだけど、なぜなら、それは高度成長期の平板な粗製だったからですが、しかし深層的な意味においては、今回死んだ後の感じからすると、結局親近性は高かったわけですね。
いずれにしても、父親が死んだ後、そして死後の父親と親しみを感じてから、わたしは世の中に対して、配慮する必要などない、という姿勢に変わってしまったと思います。なにかふっきれたということです。
武満徹の文章を読むと、なにか葛藤に苦しんでいるように見えますが、わたしは武満徹や、谷川俊太郎に、やはり根本的に共感します。
今後、わたしは世間的にかなり違和感のあることを書くことになると思いますが、その場合、べたな知能をかい潜るには、もしかしたら、詩の言葉のほうがいいのかな。象徴的に理解できるが、事物的に理解できないというような回路です。そのあたりの、理想的な表現の方法を実はいま、模索しています。金子光晴も大好きで、バハ・パドゥに帰りたいし。一度も行ってないけど。
今年、ちょっと対談していましたが、わたしはN先生や、Sに対して「おまえら、ふざけんなよ」と思っていました。もっとちゃんと、腰を入れて、研究し、思想を打ち出してほしい、と。なにか迎合の中で、大地から立ち上がれない状態です。でも、そういう中で、イズミリュウチ氏のまともさに、ちょっと感動しました。あ、普通にまっすぐ立ってる、凄い、と。武満徹の本を読んで、同業者に対して、ロビーで、「よくあんな下らない作品作ったなー、なに考えてんだよ」と、言ってる態度に驚きました。そこまで辛辣になってもいいのか。そういうことで遠慮しないのなら、わたしはN先生やSに対して、這うのでなく立て、と言いたいです。







2015年8月5日水曜日

20150805 興味を無理やり作らないと

何か興味を無理やり作らないといけないと思います。
で、昨日の講座で、プロになりたい写真家がふたりいました。
というかプロだと思うんだけど、それで生活できているわけではない、というレベルの人たちです。
写真で生活できるなんて、そんなの森山大道しかいないではないかと思うんですが、
わたしも世界のいろんな町を写真に撮るということには興味があると思いました。
結局人間がすることは、似たり寄ったりで、違いはないです。
それが、わたしの興味が減退する理由です。
差といっても、それは微々たるものでしかない。
その微々たる差にこだわって活動するのは、けっこう徒労です。
地球レベルでの、差異というのは、町の違いということでもあらわれるかもしれない。
それを見てみることで、気合は入るだろうか。
なので、これを写真に撮影してみようではないか、と。
世界のあちこちにいって、町の違いを写真に撮るのはどうかな。
でも、わたしが一番引き寄せられ、写真を撮りたいと思うのは、樹木、葉、など、植物です。
植物と空。
それだけを果てしなく追求してもいいですね。
能登半島の輪島の二俣町の樹木を見た時、ほかとかなり違うことに驚きました。
植物の生命力の違いというのははっきりわかります。それぞれの葉の主張の違いというのは、ありますよ。誰が関心を持つのかというのは、ありますけどね。葉は一枚一枚違うんだよ。わかりますか、わかるわけないですよね。でも、人間も実はそれと同じで、人によって違うと思っているかもしれないけど、葉の一枚一枚と同じようなものですよ。

最近東京の気温はかなり高いです。35度とか36度とか。異例な暑さが、今年の世界的な特徴だそうです。
で、炎天下に走るというのは、去年までは避けていましたが、今年は、正面から、炎天下で走ろうと思いました。数日はへばって、倒れそうになっていたけど、だんだんと慣れて来ると、この暑い中で走ると、だんだんと楽しくなってきました。
歩くのなら、これは最高に気持ちいいです。こんな暑い中、歩くと、これは天国みたいに、脳からドーパミンが出てきます。
わたしがよく見ている、皇居で元気に走っている人がいて、その人が、この季節、へばって、歩いているのを見て、驚きました。あいつでさえ、歩くんだね、そのくらい、今は暑さが凄いのだと。
でも、ともかく人間は適応します。
わたしは、この暑さの中で走るのが楽しくなってきたのです。
活力が腰砕けになるんですけど、これも慣れて来ると、たぶんなんとかなる。



自作のスピーカーで、まったく売れる可能性のないものがありました。
つまり処分するには、ゴミとして捨てるしかない。
でも、昨日、8月6日に、手持ちの部品で
6dbのネットワーク組んでみたら、かなり良い感じに鳴ってる。
いままでこんなにいいバランスで鳴ったことはない。
急に新しい世界が開けた感じです。
いままで作っていたネットワークが全部失敗していた、ということですよね。
フランスのメーカーのツィーターも、音がきついと感じていたけど、
実は、ネットワーク作りに失敗していただけで
そんなに悪いツィーターではなかった。
いまはもうこの会社audaxはないです。しかしこのツィーターは評判がいいので、
他メーカーが模造品を販売している。
わたしは以前、イギリスのお店から取り寄せた。

この代替品は、オリジナルに比較して、能率が1dbだけ高い。
で、タンノイのマーキュリーV20が、ツィーターが不良すぎて、
断線を起こすので、断線したマーキュリーを持っている人は、
このaudaxのツィーターを買って、取り替えます。
その時に、能率が1dbだけ高い。
我慢して聴く人もいるけど、わたしは1dbという差も、ちょっと受け付けられなかった。
たぶん、70パーセントくらいの人は、この1dbの差は、わからないと思う。
わたしは、メル・トーメが大好きです。
この新しいネットワークで組んだスピーカーでメル・トーメ聴くと、溶けるような気分。

沖縄のグループMAXが、中年になって復活して、こないだテレビで、この中のひとり、NANAさんが、一日赤ワインを三本飲んでいると聞いて、マネしようと思いましたが、さすがに一日三本は無理です。ムッソリーニは、昼ごはんに、赤ワインを2本開けるという話ですが、一回に二本開けるというのもすごすぎる。田村隆一は、朝ご飯を食べる前に、もうすでに、三杯赤ワインを飲んでいるという話ですが、田村隆一は、赤ワイン、次はウィスキー、次は日本酒という感じで、夜になると、もう毎度正体をなくしてしまう毎日だったらしいです。

メル・トーメの次くらいに好きなのは、Djangoです。
CDからリッピングしたDjangologyを聴いていますが、Djangoは、アナログレコードで聴くべですね。
ともかく新しいネットワーク組んだら、このゴミのように見えていたスピーカーが、急に生き生きと鳴って、急に、ポップ音楽ばかり聴いています。
それで、わたしのiTunesファイルには、はっぴいえんどのCDがたくさん入っていて、
昨日から急に聴きはじめました。
それで思ったんですが、はっぴんえんどの曲には、風を題材にしたものがひたすら多いです。
そもそも風来坊だし、中でも、一番好きなのは、風を集めて、かな。
これは細野ハルオミのだらだらとした声のものが一番いいです。

細野春臣のチャートですが、本体は水の三角形ですよね。
なのに、火星と天王星は双子座。




意欲を刺激するには、双子座の火星という、風の世界に入りたい。
いつもは水のべたべたなので。
わたしが20歳の頃に、果てしなく愛聴した「HARUOMI HOSONO BEST15」の
チュー・チュー・ガタゴトでは、楽隊稼業で、京都、大阪、あちこちに行くことに疲れたということを歌にしている。(のぞみで、チューチューカダゴトは、無理ですかね。)
つまりいつもは蟹座の世界に住んでいて、意欲を刺激するには、火星の双子座の旅まわりをするといいんだけど、行き過ぎると、蟹座が文句をつけ始めるわけです。
海王星も天秤座なので、火星と海王星の120度という夢を刺激するには、風の世界に、風来坊で行くといいのですね。それは獅子座の9度の土星の創作意欲を刺激する。これらが小三角です。
創作するには、ともかく風に吹かれて行かないといけないわけです。
水の人が風に憧れる。それを表現しているのが、一連のはっぴいえんどの作品群だ。

わたしの場合、月は水瓶座だし、しかもアスペクトが限りなく、抽象的な状態になっているので、わたしは永遠に着地しない、というより、わたしの着地は、他の人から見ると、モノとして存在していないという感じになっているのですが、つまりは細野春臣の、風への憧れが、わたしの場合には、地盤になっていて、憧れになっていない。むしろ基盤です。
なので、HARUOMI HOSONOS BEST15を聴いたとき、自分の基盤を思い出します。懐かしい。ひたすら懐かしい。
このアルバムの背後には、金子光晴がいる。ともかくこの細野春臣の、明治大正の時代風で、アジアにあちこち放浪していた人の雰囲気を再現した古風なムードは、わたしには救いなんだよね。