2014年3月31日月曜日

20140331 Kに関するメール

Kの死について、何人かメールが来ました。
この中で、ふたつ、要点だけここに引用します。

---------------------------
1

私もおとといの晩、夢の中で
彼のエネルギ-と「共鳴してしまった」ようでした。
すぐわかって悲しい感じだったから大丈夫?
というエネルギ-を送ったら
向こうが手をガバーと掴んで来たので
怖くなって「私はまだ生きるからやめて!」と怒鳴って
エネルギ-を切って
こっちの世界に戻って来た(起きた)
というのが夜中の2時ごろありました。
怖くてそれ以降寝れなくなってしまった
そこは暗くて怖くて
感情が淀んでいるような場所で
そして向こうは一人のようで
私はいわゆるフォーカス23??
と思ったのですけど・・・
その夢の中で何かできたら
よかったのかなと気になっていたのですが
松村先生の雑記超タイムリー!!
向こうで誰かついてくれている人が
いるようなのでちょっと安心した・・・

亡くなったニュースを聞いてショックだったのですが
そんな夢を見てたり、
松村先生の記事を読んだり、
あと、3月入ってずっと心臓が
ばくばくしていたんだけど
その夢を境に普通になってきたというのもあったり
彼の死の意味が私の中で変容してしまいました。
空いた穴に違うものが、埋め込まれた感じです。
きっと他の人のところでも
いろいろ共鳴現象が・・・・
起きてるんじゃないですかね。

-----------------------
2

Kさんは、私の傍にもずっといます。隣の時もあるし、左横の時も
右上と感じることもあるし。
先生は荒い感じと書いていたけれど、私は時々寒そうだと感じます。
でも嫌な感じではない。
先生が書いている女性は、私にはわかりません。

実際に2回しか会っていないので、言うのはとても気が引けるけれど、
ここ数日はほかの誰よりも、つながっていることを感じます。
ふだんから人の気配とかそういうのを日常的に
けっこうリアルに感じながら生活していると思うんだけれど、
Kさんは誰よりも近くにいる。

先週月曜の講座中、何か部屋に違和感を感じて
話に集中できず、外や天井に目がいった。
一番目が行くのは、トイレのドアでとても気になった。
誰かがいる、何かあるという感じです。

今年の春分に江の島へ行ったけれど、前日江の島にあるプールに入っていた。
入りながら、色々なことを考えていたけれど、頭上を飛び回るとんびが
とても印象的だった。
あの春分の江の島の雰囲気と、Kさんが重なる。
2回しかお会いしなかった私がリアルに感じ取るのだから
Kさんのエーテル体はすごく強いんですよね。
-------------------------------------------

31日には、以下のようなメールも来た。

3

このメール書こうか迷いましたが、Kさん来たので送ります。肋骨の後ろが痛いです。
一緒にワークショップを企画していたのですが、実家にいるので延期で、というメールをもらい、内容はただならぬ状況でした。ある日に我を失い、ここ5年の記憶が消えていたということでした。それを先生にお知らせしようと思いつつ、私はなんとなしにぐたぐた見送っていて、まさかKさんが急逝するとは思わず。。
Kさんがこちらで前後不詳になっていた間、私のところにはひどくざわざわした気配があり、山形に行ったという日にそれは消えていたので、あれはKさんが返信気にしていたのかな、でももう実家だし大丈夫だねと思っていました。今思えば身じまいのために山形に帰ったとしか思えません。ただ、結果は同じでしょうけど、先生には言えばよかった。申し訳ありません。
記憶が消えて狼狽し、数日かけて、今何をしているかやっとまだらに思い出したとメールにありました。山形では5年の間にあったことを、Kさんは手元のメールなどをたよりに反芻したと思います。会った時、ずっと小さい咳をしていて、今おもいかえせばそれは肺に水がたまる心不全の前兆で、記憶が飛んだのも血流不足でしょう。先生にずっとお世話になったままでこたえることができない自分が切ない、と彼にしては珍しい個人的な話をして、これから新しいやり方をして行きたいとか、とても熱心に言っていました。Kさんいよいよこれからだね、と楽しみにしていましたが、ロープレ、まさか中間領域でやるとは。

----------------------------------------------------

わたしがKと関わるのは、三年くらいと、はじめにKに言った。
そのあとは、自分で自由にしてくれという感じで。
だいたい2010年から始まったと考えると、2012年か2013年まで、ということになるけど。
とくに体調が悪くなったのはやはり2013年だ。