2015年2月18日水曜日

20150218 またスパイスについて

自分の調合のスパイスを瓶に入れました。
で、ひよこ豆のスープに、このスパイスを入れて作ったものを食べると、いきなり頭頂に突き抜けて、そして汗が吹き出します。
でも、食べなくても、調合している時に、匂いだけで、汗が出ます。
で、大げさな話ですが、わたしはこのスパイスで、自分の人生が変わると感じました。
わたしの進行の太陽は、いま牡牛座の23度にあり、これは宝石店という度数です。
でも、牡牛座の発掘が、脳幹に達するのは、24度で、まだ数ヶ月とか一年弱あります。
すでに、脳幹を刺激するスパイスの世界に、足を踏み入れているのではないかと感じます。
たぶん、いろんなスイッチを、このスパイスを選ぶことで、切り替えることができると思います。
まだ識別はできない。いま作っている自家製ガラムマサラは、10種類程度のスパイスですが、
このどれかが、強烈に刺激していることはあきらかで、
しかしその特定もまだできない。
食べないでも、ちょっと瓶から漏れる香りを嗅ぐだけで、脳に刺激が来ます。
精神状態に大きく影響があります。
で、わたしには、いま、何かが足りない。
この足りないものは栄養素ではないので、食べ物では補えないと思う。
その足りない何かを直接刺激するスパイスがあると確信しています。
というより、何か近づいているような気がする。特定できそうな。
よく知られているスパイスだけでなく、もっとマイナーなものも探索したいです。
シラーは、机の引き出しの中に、腐ったリンゴを入れていて、
ときどき、その匂いを嗅いでいたと、ゲーテが書いている。
ゲーテは汚いといって、それを片付けると、シラーが怒る。
こういうその人に必要な、特殊な匂いがあるので、スパイス一覧表の本を買って
それで必要なものが判明するとは思っていない。
牡牛座風に、自分の体験で探すしかない。

クロームブックしか使っていないと書きましたが、
このacer C720は、非常に便利で、
これまではグーグルドキュメントで文章を書いていましたが、
書くたびに、クラウドに保存するので、書いている時に、ちょっとまどろこしい、表示の反応の遅れを作り出します。

で、Writeboxというテキストエディタを使ってみました。
これは、オフラインでも、文章が消えないのと、Dropboxに、直接アクセスする。
それに文字数の計算が範囲指定だけで表示されます。文字数わからないと、わたしは使えない。
なんせテキストエディタなので、動作が軽いです。
へんな話なんだけど、以前は、反応が軽すぎるので、テキストエディタ避けていたんですね。
ワープロソフトだと少し動作が遅くなり、それがタメを作り出していたのです。
でも、グーグルドキュメントが、いつもネット接続していないと使えないということで、
そもそもパソコンでないから、いつものopenoffice使えないし、これしか選択肢ないかもしれません。
こういうクローム専用のアプリなども使うと、
クロームブックは、予想以上に使い勝手がいいです。
今日は朝からずっとベリーニを、ソニーのZX2で聴いています。


2015年2月13日金曜日

20150213 久しぶりに少し書く。スパイス

スパイスを何種類か、手に入れた。アメ横で。
これを混ぜると、ダルが作れます。
で、練習で、昨日、乾燥豆を似て、そこにスパイスを買ってきたもの全種類混ぜたら、
強烈に辛いものができて、
頭のてっぺんに、スコーンと抜けました。
この頭のてっぺんに抜けるという実感がないと、スパイスを食べた意味がないです。
重要なのは、味ではなく、この抜けるか抜けないかということ。
昨日はみごとに、爆弾のように突き抜けたので、この開放感が素晴らしい。
これからはもっとダルを研究して、ダルを食べることにする。
たぶん食材がメインでなく、スパイスがメインで、このスパイスをのせるための食材があるという意味では、食材ベースは、なんでもいいけど、やはり豆が最高に良いのではないかと思います。
たぶん豆の究極のものとは、ヒヨコ豆なので、強烈に辛いヒヨコ豆スープになるだろう。
でも例えば、豆腐をぐちゃぐちゃに混ぜて、そこにスパイスというのもいいような気がする。

で、わたしはいま、たくさん原稿を書いていますが、
クロームノートを使っています。
ノートパソコンを使わなくてはならない理由は、占星術ソフトのSGだけ。
もしこれを使うのをやめて、astro.comなどをもっぱら使うようになったら、
単独型のノートパソコンはもしかしたら、使わなくなります。
ほとんどが、クラウドで済む。

Y!mobileの無線ルータは、非常に性能が良くて、どこでも使える。
これとクロームノートだけで、だいたい全部できる。
いま使っているacerのクロームノートは、さすがに三万円くらいのマシンなので、
画面は汚いです。MacBookのretinaとか、東芝のkiraなんかには、足元にも及びません。
わたしはヨドバシカメラの店員の人に、レットノートのことで、こんな地味で暗い画面のパソコンなんて、誰が買うんだよ、と言ったりしていますが、たぶんレッツノートといい勝負な感じがします。
レッツノートは純粋にビジネス用としては性能がすごく良いのですが、画面見ると、使う気なくします。

原稿をグーグルドキュメントで書いて、書き終わったら、あるいは途中から
編集の人に、共有設定します。
で、編集の人は、間違って削除してしまわないか、どきどきはらはらしながら読むという具合です。
(Yさんがそんなこと言ってました。消したらどうしよう、と。わたしが時々バックアップ取らないまま、書きっぱなしにするから。技術評論社の土星の本も、一度もバックアップ取っていませんでした。)
で、これからはダウンロードをしておこうと思います。
クロームノートの少ないメモリの中に、グーグルドキュメントの内容が、これで保管されます。








2015年2月1日日曜日

20150201 昨日の続き

で、いま書いている本に、何人かの人にコラムを依頼しています。
けっこうこれが盛りだくさんで、読んでいると楽しいです。
全員のが面白い。
これだけ楽しいのなら、ムック本作ろうという企画持ち込みたくなります。

自分が持っていて、これは売れないだろうという小物、
出してみると、どんどん値段がつきます。
なので、細かいものを売りに出しています。

それで、ヘッドホン用のソニーのポタアン、PHA-3は、バランス接続なんですが、これが非常にすばらしいです。静けさとなめらかさがあり、シュアーのイヤホン、SE846もmmcxの端子なので、ソニーのXBA-Z5に付録していたバランスケーブルつけて、PHA-3につないでみたら、音に芯があり、それでいてノイズが少ない。
いままで、ヴェルディは、音がきつい感じがして、それがなじめない感じだったけど、
あらためて、ZX-1とPHA-3で聞いてみると、ソフトでふくよかな感じで、ヴェルディも聴ける。
ヴェルディは、手に入れることのできるCDは全部集めたので、かなり数があります。
これからしばらくはずっとヴェルディ聴くかな。
シュアーのSE846は、きわめて遮音性が高いので、これをつけたまま外を歩かないでくれ、というふうに注意する人もいます。
ノイズキャンセリングのヘッドホンは、人の声は聞こえる。なので危険性はないけど、このシュアーのものは、人の声も、ともかく外の声が聞こえにくい。ウレタン・チップ使うと、もっと聞こえないです。

ROOTHのカスタムイヤホン、久しぶりに出して聴いてみましたが、高音が強調された、かなり耳を刺す音。というより、このROOTHという会社、消えてしまったのかもしれない。おと年くらいに、会社がなくなったかな。一時、耳型を送って、三ヶ月待ちくらいで送られてきていたのですが、その後がわからなくなった。これは耳の型をとって、その形のとおりに、イヤホン作るので、遮音性は高いですが、シュアーは、これより遮音性高い。耳の奥にまでどんどん食い込んで、隙間を閉じてしまうんです。なんか食い込んでくる虫みたいで、これがちょっと怖いです。

で、カスタムイヤホンは、今は須山補聴器が代表みたいになっていますが、スケートの羽生結弦さんが、イヤホンおたくで、この須山の使ってますね。テレビ見て、すぐに型番言える人もいる。(22万円の価格のFitEar MH335DWです。)でも、ほかにも50本は持っているそうな。立派なイヤホン・スパイラルに入ってるね。ある時の番組では、シュアーのSE535だったらしい。わたしはこれを手放して、SE846になったわけです。

こういう人を、いまは、イヤホン男子と言うそうです。
でもイヤホン女子という名前はなくて、オーバーヘッド型の大きいのつけているヘッドホン女子という名前はあるんですよね。早朝、代々木から新宿の南口の高島屋に歩いていくまで、三人見つかります。




2015年1月29日木曜日

20150129 バランス接続を推し進めるソニー

雑記に書くことが何もありません。

二月の後半に書き終わる予定の本を、ずっと書いていて、ひたすら書いています。
なんせ、これは60万字の本で、ちょっとでも油断すると、終わらないものです。
これが終わったら、急いで、次の決まっている二冊を書くつもりなので、
いま書いているものが少しでも遅れるのは、避けたい。

で、最近、また終わったはずのイヤホン・スパイラルに、はまるかもしれない。
きっかけは、シュアーのSE535Ltdが、あまり品格のない音で、もっといいものを求めて
SE846を入手してしまったのです。
でも、結局はシュアー。何か薄い。
この不満感を解消するために、ソニーのXBA-Z5になったのですが、
これバランス接続可ですよね。ソニーの今の戦略は、これからはハイレゾ、バランス接続というもので、そこに落ちそうな気がします。

で、Ipod classic 160Gを、わたしはふたつも持っていて、wavで、音楽を入れているのだけど、
最近、ソニーのハイレゾのウォークマンZX-1を聴いています。
これもきっかけは、小澤征爾の奇蹟のニューヨークライヴというので、
ブラームスの一番が、ハイレゾで、売られていて、これをついダウンロードしてしまいました。
聴いてみると、やはり小澤征爾。まったくつまらないし、ハイレゾのメリットもいまいちわからなかった。でも、ともかくこれを聴くために、ZX-1を手に入れていたのです。
CDを、Media GO とか、x-アプリでリッピングすると、ウォークマンに移した時
トラック番号がめちゃくちゃになって、ワーグナーとかも、順番に聴けない。
ウォークマン専用のアプリは曲がアルファベット順にしか並ばず、トラック番号が無視されるという異常な作りで、これはどこでも評判が最悪なんですけど、
というかクラシック音楽を聴く人には使えないということなんですけど、
iTunesのデータを、ウォークマンに入れる方法を見つけ出して、
これだと、Cdのトラック番号順に聴けます。
で、なんだかんだ言っても、ZX-1は、S-masterのアンプを持っていて、
Ipodとか、Iphoneよりは、比較にならないほど、いい音なんですね。

こんど、二月の半ばに、ZX-2が発売されるので、もう予約しました。
手に入れたら、ZX-1は、売りに出すつもり。

で、スピーカーで聴くホームオーディオは処分しました。まだ少し残っているものも、もう全部なくなります。近いうち。
レコードは、オーディオユニオンに全部持って行ってもらった。
レコードのラックは、引き取りする人が見つかったので、これも近いうち、全部なくなる。

ハイレゾ、バランス接続をスタバで聴くのも、ちょっとおかしい感じがしますが、
現状維持など存在せず、結局どこかに進むしかないので、そこに行くでしょう。
今の時代、たとえば50万円のイヤホンを発売しても、たくさんのサラリーマンは確実に買いますよね。ローン組んででも買うだろう。
で、音はすごいけど、中身の音楽はそこについて行ってないというのが現状です。
感覚が発達すればするほど、その中に包まれた生命は、萎縮します。

先月、ホノルル・マラソンで、初フルマラソン走って、サブ・フォーになってから、
なんか自分の道を間違えていると思いました。
そもそもわたしが走るのは、ひとりで、気ままで、たらたらと走る予定だったのに、いつのまにか、目標立てて走るような感じになったりすると、これは脱線です。
ほかの人がいると、つい対抗心燃やしたりして、これは間違った方向ですね。
やはり、黙々と一人で走らないと。
あるいはオオカミのブレニンがいるのは、素晴らしい。
たとえば、一緒に走ってくれるシベリアン・ハスキーはどうでしょうか。
本で読む限り、シベリアン・ハスキーは、一日100キロ走らないと、心身を壊すそうです。
一緒に走ってくれるなら、100キロも、チャレンジしてみたいと思います。










2015年1月1日木曜日

20150101 狼のブレニン

狼のブレニンを飼いはじめると、ブレニンは家のあらゆる場所を破壊しはじめて、それを食い止めるには、へとへとに疲れさせるしかなくて、それで一緒に走り始めたと、マーク・ローランズは書いている。ブレニンが老いると、それに気を使って、一緒に走るのをやめた。走るために出かけようとすると、ブレニンがじっとマークを見つめて、どうして自分を連れて行かないのかという表情をするので、それを見たくないために、走らなかったのだと。

マーク・ローランズは、まだマイナーな哲学者らしく、Wikipediaでローランズの項目がない。でも、わたしは彼がサルトルに関して、再評価しているので、驚いたし、とても好感を持った。わたしは19歳くらいの時には、サルトル全集が欲しいためだけに、アルバイトをして、一か月三万円を稼ぎ、それでクリーム色のサルトル本を少しずつ集めた。その時は、家賃7000円の部屋に住んでいた。サルトルは意識は空の構造で、この意識の存在を証明するには、ターゲットとなるものとの関係性、つまり意識には属さない外部的なものとの関係のみで可能となるということを述べている。
外部的な、まったく意識的なものではないものとの関係性のみで、意識が証明されるというのは、意識は物質、すなわち脳の神経組織の中にのみ存在するという勘違いを作り出すに十分な定義だが、このあたりの仕組みをノーランズはちゃんと説明できていない。
意識はある、というのは正しくない。意識は動的なものなので、それが働いている間のみ、存在する。だから、休みなく働いていなくては維持できない。走らなかったら、部屋を壊すブレニンみたいだ。
でも、ともかくサルトルの話を読んだので、とても楽しかった。

マーク・ローランズは、1962年1月1日の生まれで、ちょっと正確なデータがわからないのだが、もし彼の太陽が山羊座の数え度数10度ならば、-たぶん、そうとは思えず、1度違うと思うのだが、-異なる生態系との接触は、ローランズにとっては、重要だったのだ。だから、狼と暮らした。わたしも狼と走りたいけど、日本オオカミは顔が小さいので、これが気に入らない。ブレニンは、写真でみるかぎり、ものすごく顔が大きい。マーク・ローランズよりも大きい。


2014年12月21日日曜日

20141221 森博嗣「孤独の価値」/三次元ホロスコープ中級しました

森博嗣の「孤独の価値」というのをキンドルで読みました。個々の部分は、ここまでツメが甘くていいのかと思いました。「子供かっ」と突っ込みいれたくなるような。たぶん、もうすでにやる気ないんだと思います。が、考え方としてはとても良かった。共感できる。
で、わたしもモンテーニュかエノクのような暮らしをしたいと言いつつ、なおリタイアだと言いつつ、どんどんその反対に進んでいるように見えるの で、2015年は軌道修正したいです。
いまは大阪の講座の帰りの新幹線だ。
森博嗣の孤独、孤立ということと、恒星をベースにした世界観は関係があります。そのことを、わたしは今日、講座の中で説明したんです。


占星術の惑星を軸にする生き方は、人間の生き方と言わず、準人間あるいは人間準備段階といいます。なので地球を投影した太陽星占いも、人間レベルに達しません。人間を哺乳動物化します。人間といえるのは、惑星を全部あわせた全惑星レベルのみです。
それぞれの部分的な要素はサインの影響があるが、全体としては、特定のサインの影響はないとみなすことも大切です。

森博嗣は、多くの人はマスコミのプロパガンダとか、宣伝イメージを信じ込んで、嘘の価値観の中に住んでしまうといいます。これに染まらないようにするには、孤立する必要があるけど、単なる物理的な孤立は問題となっているわけではなく、考え方の自立性が必要で、これは全惑星意識でないと実現しない。
惑星の相対性に振り回されないためです。そのぶん意識の密度が高くなるので、集中力が必要です。

森博嗣が言う例としては、仕事は楽しいという宣伝をして、若者は仕事は楽しいと思い込んでしまう。で、実際に就職してみると、苦しいばかりで、こんなはずではなかったと挫折感を抱くというのです。なので、はじめから仕事は楽しくない、苦しいと言っておかなくてはならない、と。
仕事が楽しくなるのはごく一握りで、しかもそれは自発性を発揮しないかぎり楽しくはなりません。
たいていの仕事は、言われてするわけで、自分から開発しているわけではない。なので、仕事は楽しいはずはないです。
わたしは10代終わりとか、書店にいたとき、こんなゆるい退屈な時間が続くと人はだめになるんではないかと思いました。だいたい学校の授業の時に、授業を無視してドストエフスキーとか読書していたのも、密度のない時間をだらだらとすごすのが耐えきれないと思ったから。それはその授業をしている先生にも言いました。先生のやってる授業はほんとにくだらない、と。先生はそれが理解できなかったみたいです。

で、全惑星イコール太陽かというと、違います。これは皿を割って、その部品を全部集めたものが全惑星意識。太陽は割れていないもの。なので、たとえば、イメージとしては、0.9999999999と1の違いがあります。

恒星は太陽と等価。惑星の惑う星としての相対的な人生から、ひとり輝く生き方を作り出すには、太陽あるいは恒星に生き方の軸を移動させる必要があります。そのための土台として、全惑星意識が必要なんです。

今回の三次元中級講座は、このマップを作ってほしいということを参加者に要求したので、これは中級でなく上級ではないかといわれました。
でも、それをするには、実はブレイディの恒星では数が少なすぎる。
レベル6の階段では、アクルックス、アケルナル、ファクトの三つしかないし。
梯子を作るための、辞書づくりをする必要があります。
それに恒星の意味の一覧表あっても、これは単なる言葉の座学になってしまうので、恒星を実感して、それを自分で知り探索することが大切です。知識的なものでなんとかなるわけではないです。

森博嗣はいまは一日一時間しか働かないと書いている。
それ以外は趣味が忙しすぎるらしい。全力で趣味に集中しているらしい。
で、電車には二年半くらい乗っていないのだと。

周囲の人々の影響に染まり、飲み込まれていくいき方は、グルジエフ水素でいえば、48の生き方です。で、孤立して、自分の判断をもって自立的に生きる、すなわち森博嗣のいう孤独な生き方は、24の生き方です。これは環境から頭ひとつ出て、互いに飲み込まれていく生き方に引きずられない。小アルカナカードの、ページとナイトの違いです。

で、この水素24は、思考、感情、身体の三つある。この三つがそろわないと、どれかが弱点で、また周囲の環境的な影響に飲み込まれていきます。
思考の24育成には専門家になる必要がある。専門家であることが重要というわけではなく、専門家になるまでの道のりの間で体験し得たものが大切です。もちろんそこには感情の対処も含まれてくる。
感情の24の育成には、人生体験が必要。実体験でなくてもいいです。虚構でも同じです。あらゆる種類を体験して、特定のでこぼこがなくなるように。何かに期待して失望したりすること、これは感情としては幼いし、依存的過ぎる。これは感情の貧しさをあらわしています。
身体の24は、あきらかに身体の訓練が必要です。もちろん身体は感情にも思考にも影響を与えます。この三つは互いに影響を与え合うが、混じってはいない。シュタイナーの言うように、一度切り離し、あらためて結合する必要があります。

わたしが今走るのがすきなのは、少なくとも、その時間の間は身体の24を継続できるからです。
このグルジエフ的な、意識の振動密度みたいなものの上下の落差を、
たとえば脳内エンドルフィンが出るから、気持ちが良くなるんだ、みたいな平面的なものに置き換えた説明をすることで、このあたりの事情が正常に理解できなくなるんですね。
ある意識状態を作り出すには、それのための能動的な働きかけが必要である。
でも、それは物質のせいだという話になるのです。それがあれば、働きかけはいらない、と。
中身なしで、形だけ取るみたいな考えかたは、実質が伝わらなくなるので、弊害が多く残ります。人間は思考の生き物で、思考は周囲の現実に対してはあまり関心がないので、思考で生きると、人はいつも間違った方向に走ります。そして時間をかけて、また修正します。つねに間違った方向に走るのが日常であると思ったほうがいいです。それを非難してはいけない。それが当たり前。そのくらい自分の思いの中に閉鎖されています。

久しぶりにグルジエフの話を思い出したのは、今日はある雑誌の原稿を書くから。
客観芸術について書いてくれという内容です。

森博嗣がちょっと怒ってる書き方をしているのは、孤独死という言葉で、それは寂しく見捨てられて死んだみたいな暗いものを連想させる。でも、現実は誰もわからない。死ぬ時に一人で死にたい人もたくさんいるし、むしろ死ぬときくらいは姿を消したい人もいる。死ぬときには姿を消すというのは、わたしにはもっとも正常なものに見えます。

実は死んだ後も自由にさせてくれないですね。引き止めないで。お参りに来ないで、と思う人はたくさんいるはずなのに。
孤独は贅沢なもので、それは簡単には手に入らない。作家になって、ひとりで作業してもまったく生活に困らないというところまで行ってやっと手に入る努力の賜物でもあるのに、孤独は否定的に見られているということが、森博嗣にとって気に入らないみたいです。日本は民主主義というのは形の上であって、実質は社会主義なので、ひとりだけ違う考え方をしていると、袋叩きにあいます。それに監視しあう社会が今はできている。これは東日本震災の時に如実に出ていたと思う。
文明の修正機能を発揮する孤独者としてのアウトサイダーたちをもっと増やすべきですが、アウトサイダーの走りのコリン・ウィルソンの話だと、その比率はとても少ない。

森博嗣の本を読んで、懐かしい思いをしたのは、これは、ヘルマン・ヘッセとか、ソーローとか、コリン・ウィルソンとか、しまいに、詩を書くために孤独を押し切ったリルケをどこか思い出すからですね。実際に詩を書けと言ってる。リルケの考えだと、詩を書かないと死ぬ人は書いてもいいが、書かなくても生きていける人は書いてはいけないという話です。谷川俊太郎は、それを意識して、昔、詩の中で、えーと、実は書くことなんて何もないんだよね、と言ってました。









2014年12月15日月曜日

20141214  はじめてのフルマラソン

はじめてフルマラソンに参加しました。12月11日にホノルルに入り、14日の朝五時からの大会に参加しました。時差ぼけはいつものようになかった。

マラソン当日は、朝の3時に集まるということで、前の日は午後七時に寝なくてはならず、早く寝つくには、シータ波に入るのがいいと思い、ファシーズに飛んでみることにした。
そこに行くと決めた直後に、そのことを忘れてしまい、しばらくすると、アメリカのドラマのブレーキング・バッドの主人公の男性みたいな顔を持つ大きな蟹の身体の生き物を見ていた。たぶんこの蟹のような身体がそのまま地図でもある、という。
で、そのときに、はっと気がついた。そういえば、ファシーズに行くんだった、と。
そのあと、乾いたオブジェがたくさんある世界を見ていたのですが、これがファシーズなんだろうか。数年前に見た、水星の世界とどこか似ている感じがある。
そんなことをしてしまった後で寝たので、夢が異様な感じだった。

で、マラソン当日、つまり今日は朝は雨で、走るには雨が都合がいい。呼吸がしやすいからです。
ホノルルマラソンは、具体的な参加方法がまったくわからないので、H.I.Sのツアーに参加したのですが、4時間、4.5時間、5時間、6時間というペースランナーがいて、それぞれのグループにわかれることになっていました。たぶんJTBも、JALも同じやりかたをしているのではないか。で、わたしは4時間のところに行ったのだけど、だいたい30人くらいいました。

出発の合図の花火が盛大に上がりましたが、三万人以上の参加者がいるので、すぐに走ることはできない。しばらくはずっとデモ隊みたいに、ぞろぞろと歩くだけ。で十分くらいしてから、走り始め。とはいえ、計測チップがあるので、実際に走り始めた段階からカウントされます。
ペースランナーの人にずっと張り付いて走りました。

途中、帽子が風で飛んで、それを取り返すために戻り、また靴紐がほどけたのを締め直すこと、二回。合計三回脱落しましたが、またすぐに追いついた。
で、ペースランナーの人の話によると、四時間のペースなんだけど、今日はいつもより一分早いので、最後まで一緒に走っても、ぎりぎり三時間台になりますよという話だったので、そのままゴール一キロ前まで、一緒に走っていました。最後にペースランナーと並走していたのは、四人だけで、最初の三十人くらいはどこに行ったんだろうか。

ネットで見たら、計測チップの記録は3時間58分30秒と、計算どおりです。
EPSONのGPSウォッチで確認していたけど、だいたいペースが一キロ5秒42から44秒の間をずっと正確に走っていて、このペースは、わたしがひとりで走っているときには、だいたい最後にへばった時の速度です。それが最初からのペースだったので、楽でした。心拍数はたぶん140とか150くらいをずっとキープしていたのでは。これは帰国して、EPSONのウォッチをパソコンにつないだら、たぶん正確なデータのグラフが出ます。

だいたいインターバル走みたいに、時々短距離を全力で走ると、その直後に余裕が出て、とても楽になることわかっていたので、脱落した時には、その後、全力で追いついたりしていたので、それもリラックスできる要素のひとつだったと思います。だらだら走るより、時折全力走を入れるといいというのが不思議なんだけど。

で、ホノルルマラソンには、ダイヤモンドヘッドの脇の坂道があり、10キロと、38キロのところで、この坂がきついという話をネットなどで読んでいたので、構えていたんですが、わたしから見ると、これは坂に分類されないような緩やかな傾斜でした。頭の中では、坂というと、紀伊国坂か、赤坂から皇居に向かうコースで出てくる傾斜を想像してしまっていたので、そこからすると、このダイヤモンドヘッド脇は、ほとんど平地に入る部類。
東京の地形がいかにでこぼこしているか、ということですね。東京ではこういうでこぼこを走ると、時には心拍数が200まで上がったりしますが、このホノルルマラソンでは、ずっと150程度の低中強度運動のような状態だったということの違いは大きいです。なんせ呼吸が乱れなかったし。

フルマラソンでは35キロの壁があるという話で、それもどんなものか知りたかったけど、走るのに夢中で見落としてしまいました。
フルマラソンを完走した達成感はあるかというと、そういう感動はあまりないかもしれないのは、いつも走ってるのが、少し伸びたという感じ。
もし3時間半レベルに持っていくのなら、ペースランナーと一緒に走らないことになるのですが、このペースランナーの正確さを自分では再現できないので、均一ペースで走る練習をすると良いと思いました。それはなかなかに難しい話なのではないか。プロの人は、これが機械のように正確にできるんですね。

ネットで、名前検索で、その人のレース結果を誰でも見ることができます。
で、今回は、パンフレット見て、モチダカオリさんが参加するということを見ていたので、というか、宣伝に利用されていたので、データ見てみました。6:42:56と書いてあります。
この6時間レベルの人は、往復の両方が見えるハイウエイのコースで見ていたけど、けっこう苦しそうな人がたくさんいました。七割がはじめての参加というのがホノルルマラソンの特徴で、それは時間制限がないから、というものです。まったく走ったことのない人も参加するらしい。
で、自分が走った後、午前11時くらいから、町に出てみましたが、びっこ歩きの人がたくさんいました。わたしも少し左足が痛んでいます。歩くと普通になるけど、据わっていたり、冷やしたりすると、痛みます。とはいえ、こんな感じのは、何十回も体験しているので、気にならないけど。
自分の場合、スタミナ不足とか息切れとか、それは問題にならないけど、いつも貧血になったら困るということは気になる。一か月に一度とか貧血になるけど、すると直後は歩くことさえ大変になるので。

youtubeで、見れます。
https://www.youtube.com/watch?v=iIHP-rDSpfs&feature=youtu.be