今日は朝日カルチャーセンター。明日はレディナダ。
なので、マニュアル下書きは、書けません。
ほんとは新幹線の中で書こうと思ったけど、かなりぐらぐらしていて、とてもできる感じではなかった。
surface3のキーボード、何を思ったか、三種類も持ってきたので、リュックが異常に重いです。たぶん、わたしはキーボードを20個以上持っていて、どれが一番いいのか、まだ決められない。
というか、どれかに決めたとたん、反動で、違うものを使いたくなる。
マニラには二種類持参した。
今回は、三種類なので、マニラに行った時よりも、荷物は重たいです。
数字キーボードもついているbluetoothのものは、リュックからはみ出します。そのくらい長い。でも、これがかなり使いやすい。なので、傘を斜めにしょった山下清みたいに、長いキーボードを背中にしょった感じで、歩いています。
朝日カルチャーの一時からの、サビアンシンボルは、だいたい55人くらいか。
わたしのいまの感じだと、持久力がないので、長期的に連続のものは、できにくいかもしれません。
panasonicのDIGAは、アプリをインストールすると、外からスマホとかipadとかで、録画した番組を見ることができる。で、いま孤独のグルメの新しいシーズン5が始まっているので、これを見ています。Ipadの大型のほうを横置きにすると、かなり大画面になるので、見やすいですが、他の人にも、何を見ているかがはっきりわかってしまう。今回の井の頭五郎は、台湾に行く。以前、わたしは台湾に行った時、故宮博物館の下のレストランにいって、台湾の食べ物のレベルは高いと思ったけど、それは味付けの加減の良さもあったから。
人間の身体のより実体としてのものは、「生命体」で、これは、個性的な身体性を維持することができる。食べ物を摂取すると、この生命体を物質化させることができるが、生命体の全部を地上的にあらわすことができず、生命体の一部が物質化して、これを身体と言う。
で、いろんな食べ物を採った時、注意力が引き留めたものは、生命体の場所にとどまるが、引っかからなかったものは、ストレートに排泄される。人によって、この引き留めるものと、素通しになるものが違う。それは、その生命体の個性、スタイル、好みなどによってだ。
つまり地上のどういう方向に自分を降ろしたいかで、身体が引き留める物質の種類が変わる。
グルジエフの食物工場で言えば、低次の食物は、体内で、しだいに、エッセンス成分に変わっていく。なので、何か食べれば、その内部にある精霊的、高次なものを抽出していくプロセスが進行していく。カニを食べたら、カニの中にある高次なものが抽出され、これが人間と一体化していき、それによって感情とか印象とかの持ち形が変わってくる。
食べ物から抽出された高次な要素は、捧げものとして、天から降りてきた思考オクターヴが、それを受け取り、そこで特有の印象が作り出される。食べ物はみな書物だと考えたい。思考オクターヴは、新しい解釈を与えることもあるし、ぼうっとしていると、これまでの解釈のまま、すなわち新しい印象を作り出すことができず、エネルギィ効率が悪い。
コミュニケーションを取るためには、同じものを食べないといけない。なので、日本人ならば、日本で、だいたい同じものを食べる。思考でなく、感情とか感覚は、この食べ物によって作られる要素が多いからだ。たぶん大多数の人間の感情とか感性は、炭水化物と糖質で形成されていると思う。ので、炭水化物と糖質を減らすと、「多くの人の一般的な感情と考え方」に同調できなくなります。
デューク更家とか、デビ夫人とか、朝起きたら、すぐにシャンパンを飲むとか、詩人の田村隆のように、朝ごはんの前に、もう赤ワインを数杯飲んでいたとか、朝からアルコールを飲む人もいますが、アルコールはほかの食べ物と違って、低次成分が少なく、ワインみたいに、いきなり高次な成分むき出しのものが多い。彼らは早朝から、それに同調するわけですよね。
今日は大阪マラソンの日みたいですね。
朝から、たくさんのスタッフが準備をしています。これはマラソンとしては、過保護環境ですね。わたしはこういう環境では走りたくない。やはりマラソンは、孤独のグルメじゃないけど、孤独のマラソンのほうがいいですね。
なので、マニュアル下書きは、書けません。
ほんとは新幹線の中で書こうと思ったけど、かなりぐらぐらしていて、とてもできる感じではなかった。
surface3のキーボード、何を思ったか、三種類も持ってきたので、リュックが異常に重いです。たぶん、わたしはキーボードを20個以上持っていて、どれが一番いいのか、まだ決められない。
というか、どれかに決めたとたん、反動で、違うものを使いたくなる。
マニラには二種類持参した。
今回は、三種類なので、マニラに行った時よりも、荷物は重たいです。
数字キーボードもついているbluetoothのものは、リュックからはみ出します。そのくらい長い。でも、これがかなり使いやすい。なので、傘を斜めにしょった山下清みたいに、長いキーボードを背中にしょった感じで、歩いています。
朝日カルチャーの一時からの、サビアンシンボルは、だいたい55人くらいか。
わたしのいまの感じだと、持久力がないので、長期的に連続のものは、できにくいかもしれません。
panasonicのDIGAは、アプリをインストールすると、外からスマホとかipadとかで、録画した番組を見ることができる。で、いま孤独のグルメの新しいシーズン5が始まっているので、これを見ています。Ipadの大型のほうを横置きにすると、かなり大画面になるので、見やすいですが、他の人にも、何を見ているかがはっきりわかってしまう。今回の井の頭五郎は、台湾に行く。以前、わたしは台湾に行った時、故宮博物館の下のレストランにいって、台湾の食べ物のレベルは高いと思ったけど、それは味付けの加減の良さもあったから。
人間の身体のより実体としてのものは、「生命体」で、これは、個性的な身体性を維持することができる。食べ物を摂取すると、この生命体を物質化させることができるが、生命体の全部を地上的にあらわすことができず、生命体の一部が物質化して、これを身体と言う。
で、いろんな食べ物を採った時、注意力が引き留めたものは、生命体の場所にとどまるが、引っかからなかったものは、ストレートに排泄される。人によって、この引き留めるものと、素通しになるものが違う。それは、その生命体の個性、スタイル、好みなどによってだ。
つまり地上のどういう方向に自分を降ろしたいかで、身体が引き留める物質の種類が変わる。
グルジエフの食物工場で言えば、低次の食物は、体内で、しだいに、エッセンス成分に変わっていく。なので、何か食べれば、その内部にある精霊的、高次なものを抽出していくプロセスが進行していく。カニを食べたら、カニの中にある高次なものが抽出され、これが人間と一体化していき、それによって感情とか印象とかの持ち形が変わってくる。
食べ物から抽出された高次な要素は、捧げものとして、天から降りてきた思考オクターヴが、それを受け取り、そこで特有の印象が作り出される。食べ物はみな書物だと考えたい。思考オクターヴは、新しい解釈を与えることもあるし、ぼうっとしていると、これまでの解釈のまま、すなわち新しい印象を作り出すことができず、エネルギィ効率が悪い。
コミュニケーションを取るためには、同じものを食べないといけない。なので、日本人ならば、日本で、だいたい同じものを食べる。思考でなく、感情とか感覚は、この食べ物によって作られる要素が多いからだ。たぶん大多数の人間の感情とか感性は、炭水化物と糖質で形成されていると思う。ので、炭水化物と糖質を減らすと、「多くの人の一般的な感情と考え方」に同調できなくなります。
デューク更家とか、デビ夫人とか、朝起きたら、すぐにシャンパンを飲むとか、詩人の田村隆のように、朝ごはんの前に、もう赤ワインを数杯飲んでいたとか、朝からアルコールを飲む人もいますが、アルコールはほかの食べ物と違って、低次成分が少なく、ワインみたいに、いきなり高次な成分むき出しのものが多い。彼らは早朝から、それに同調するわけですよね。
今日は大阪マラソンの日みたいですね。
朝から、たくさんのスタッフが準備をしています。これはマラソンとしては、過保護環境ですね。わたしはこういう環境では走りたくない。やはりマラソンは、孤独のグルメじゃないけど、孤独のマラソンのほうがいいですね。